府中の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

広島県府中市歴史探訪
府中市の概要
府中市は、広島県の東南部、備後平野の西北端に位置し、三方を山で囲まれた盆地にあります。市域には、県内三大河川のひとつである芦田川が縦貫し、北部に江の川水系の上下川が流れ、分水嶺の地となっています。上下町地域は、酪農が盛んな農業地帯であり、県内有数の名湯である矢野温泉を有しています。府中には、かつて備後国府が置かれ、近畿と北九州、山陽と山陰を結ぶ交通の要衝として、また、桐材、繭、葉たばこなど物資の集散地として賑わいました。その歴史の中で、備後がすり、府中たんす、府中みそなどの地場産業が発展し、特に府中たんすは高級婚礼家具として全国的に有名です。近年は、こうした伝統産業を守りつつ、縫製や非鉄金属ダイカスト製品、建設機械を中心とする内陸工業都市へと変遷しています。

府中のあゆみ
奈良時代には、備後国府がこの地に置かれ、府中と呼ばれるようになりました。

1619年、徳川家康の従兄弟、水野勝成が西国鎮衛の役目を命じられ、備後国東南部・備中国西南部の十万石に移封し、府中も福山藩領となりました。
1871年、明治維新の廃藩置県により、旧福山藩領と神石郡の一部をもって福山県を設立し、深津県に名称変更しました。翌年、深津県と倉敷県が統合し、小田県を設立しました。それに伴い、県庁は笠岡に移転しました。1875年には、小田県が岡山県へ編入し、1876年に岡山県より旧備後国沼隈、深津、安那、品治、芦田、神石の6郡が、広島県に移管しました。

昭和29年(1954年)3月31日、芦品郡府中町に市制が施行され、府中市が誕生しました。以来、半世紀の歳月を経て、平成16年(2004年)4月1日には、甲奴郡上下町と合併して新生「府中市」が誕生しました。上下町は、かつて石州街道の宿場町として、また、石見銀山の集積地としても栄えていました。町には、代官所跡、うだつや虫籠窓のある旧郷宿跡、江戸時代の両替商で造り酒屋としても使われた旧田辺邸、明治時代の財閥角倉家の蔵だったキリスト教会、見張り櫓のある旧警察署など、歴史的建物が今なお残り、江戸から明治、大正時代の面影を伝えています。

この上下町との合併により、機械、金属、家具、繊維、味噌などの製造業を中核としてきた旧府中市に、江戸期に天領として栄えた上下町の歴史と文化が加わり、より魅力的な都市となりました。現在は、新しい時代に対応した教育環境の創造、「ものづくり」産業のさらなる発展を支える都市基盤の整備、備後国府跡・石州街道・白壁など歴史文化を生かした町並みづくりに取り組んでいます。



府中の名前の由来
府中の名は、大化の改新以後、備後国の国府が置かれたことからに由来します。


府中の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
府中市歴史民俗資料館
住所: 〒726-0021
広島県府中市土生町882-2 [地図を見る]
電話番号: 0847-43-4646
開館時間: 10:00〜17:00
休館日: 月曜日、祝日、年末年始
入館料: 無料







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